山根明会長は韓国人と話題になっているようなので
調べてみました。

 

 

2018年7月31日放送のとくダネ!では
司会の小倉智昭さんも山根明会長のその経歴は謎に包まれており
「会長以前の経歴がまったく分からない。まるで消されてしまったかのよう」と
首をひねる場面があった。

 

 

今回そんな山根明会長の経歴は謎に包まれいるなか
山根明会長が韓国の記事で報道されていたので
こちらをご紹介いたします。

 

 

 

 

山根明会長 辞任表明動画 ネットの声は

 

山根明のこれまで分かっているプロフィール

 

 

 

山根明会長といえば
不正助成金から奈良ジャッジ、公式グローブの独占販売
日大の田中理事長とのつながり、おもてなしなどなどと問題が
あかるみになってきています。

 

 

 

 

 

しかし肝心の
山根明会長の経歴に関しては謎に包まれていますね。

 

一応分かっていることは

 

山根明会長はボクシング日本代表の監督を19年間務めた人物。
1994年~2002年までAIBA(国際ボクシング連盟)の常任理事を務める。
2010年日本アマチュアボクシング連盟副会長に就任
2011年日本ボクシング連盟の会長に就任

 

その他に肩書きに

 

アジアボクシング連盟常任理事
ボクシング強化委員会委員長
ナショナルチームの監督

 

現在は『終身名誉会長』との肩書き

 

 

実はこの『終身名誉会長』
山根明会長就任からわずか1年後の
2012年の理事会で『終身名誉会長』となることを決めさせたとのこと。

 

権力を絶対的にし
周囲をイエスマンで固めてきました。

 

そして山根明会長は
選手出身の連中が苦手な実務やカネの動き
また、交渉事を収める実績があったとのことです。

 

 

しかしだ。
分かっているのは日本代表の監督になってからの時ばかり
山根明会長の生い立ちやボクシング経歴などは不明のままだ

 

ある報道によれば

 

2011年の会長就任時から7年の付き合いという元秘書に
山根明会長のボクシング歴を聞くと「やっていないと思うのですが…」と
はっきりしない。

一方、ボクシング取材歴40年以上という共同通信社の津江章二編集委員は
「私の持っている古い年鑑にも載っていないのではっきりとは言えないのですが
プロボクシングの経験はあるようです。ある関係者に聞いたら『やっていた』と話していた」と話す。

引用:https://www.j-cast.com/tv/2018/07/31335106.html

 

 

と、わずかながらの山根明会長のボクシングの経験しか
書かれていない。

 

山根明は韓国人と韓国の記事で報道されていた!!

しかし今回紹介するのは
山根明会長が韓国の記事で紹介された記事です。
この記事から山根明会長の生い立ちやら家族が分かってきました。

 

こちらがその山根明会長が韓国で紹介された記事です。

 

 

 

記事を機械翻訳で直し
山根明会長のプロフィールの部分を引用します。

 

 

 

2018.07.31の記事では

 

日本ボクシングを率いるのは在日同胞出身である山根明会長(79)だ。

 

1990年代に日本ボクシング連盟賞罰委員長を務めるなど
日本ボクシングに大きな影響力を発揮してきた山根会長は、釜山に兄弟がいる。

 

世界チャンピオンを育成するエリートボクシングと生活体育の底辺拡大に貢献し
日本ボクシングを一次元引き上げたという評価を受けている。

 

最近、オリンピックとユースオリンピックで日本男女選手が表彰台に上がる姿を
よく見ることができる。

 

特に2011年から男女国家代表チームを率いて韓国で転地訓練を行い
韓日ボクシングパートナーの道を取りまとめてきた。

 

生活状況の良くない韓国ボクサーが小銭を集めて日本に転地訓練に来れ
食事と寝床を用意するなど子供のように扱った。

引用:http://specificasia.blog.jp/archives/1071838769.html

 

 

 

 

そして次の韓国の記事

 

1994.10.06の記事では

 

韓国名が文甲明である山根氏は、広島市中区スポーツセンターで開催中のボクシング競技運営本部長だ。

 

日本ボクシング連盟(JABF)賞罰委員長であり、近畿連盟会長でもある彼は、ボクシング界において、川島五郎連盟専務とともに日本ボクシンゲ界をリードする二大山脈を形成している。

 

去る1月に賞罰委員長に就任した彼は、今回のアジア競技大会の競技全般を総括する“実力者”。

 

日本連盟も彼の比重を認め、来る11月に北京で開催される国際アマボクシング連盟(AIBA)総会に執行委員候補として推薦している。(略)

 

今日彼がいるまでのほとんどすべての在日同胞がそうだったように順調ではなかった。

 

今は大阪で自動車ディーラー会社である(株)アティックオートを経営する実業家に成長した彼は、解放後(第二次大戦終戦後)に祖国に戻り三千浦国校(?)を卒業し、再び大阪に戻ったが、当時の時代状況により学校の入り口にも行くことができないまま、あらゆる風霜をすべて経験しなければならなかった。

 

早くにボクシングに目を開いて平和クラブを運営した父親の文鳳基氏(80)の強権で15歳の時にウエイトリフティングからボクシングに転向(?)した山根氏は、3年後から近畿地方体育館を巡礼するほど名声を博したことが、スポーツ界の大物に成長した決定的な契機だ。

 

“朝鮮人”の蔑視の中で涙を流した彼は、今でも当時を回想するたびに目頭が熱くなる。

 

生き残るために“命をかけた喧嘩をしながら”勝ち取っただけに、今後出てくる“第2の山根”ができるように基礎になるならば今死んでも良いと、この半世紀を簡潔に圧縮する。

 

しかし、彼は釜山に住んでおられる老母蘇斗理氏(74)と弟の文伸穂氏(釜山浦ホテル代表)などを懐かしむ平凡な韓国人でもある。

引用:http://specificasia.blog.jp/archives/1071838769.html

 

 

と、韓国で紹介された山根明会長について調べると
どうやら山根明会長の韓国名は『文甲明』ということが分かりますね。

 

 

 

 

 

 

 

そして
釜山に親と兄弟がいる事が分かってきています。

 

山根明は韓国人で家族とは?

さらにこの記事を読み進めていと
山根明会長の家族について分かってきますね。

 

父親は文鳳基
母親は蘇斗理
弟は文伸穂

 

という家族構成のようです。

 

そうすると山根明会長
在日韓国人ですね。

山根明が日本に帰化したのは?

で、もともと韓国人の山根明会長
日本で帰化した日はいつなのか調べると

 

 

 

1980年(昭和55年)4月23日に
「住所大阪市淀川区十三東四丁目七番二号文甲明昭和十四年十月十二日生」という人物が

帰化したと官報に出ているとの報道から

 

 

 

 

 

 

 

 

同時に
山根明会長の息子の山根昌守さんも同時に帰化していますね。

 

文甲明(山根明 文沢明)昭和十四年十月十二日生

 

文昌守(山根昌守、文沢昌守、金昌守)昭和三十九年九月二十七日生

 

 

 

 

 

 

 

 

山根明会長40歳で帰化したようですね。
(山根明会長 1939年10月12日生まれ)

 

山根昌守さんは15歳で帰化したようですね。
(山根昌守さん 1964年9月27日生まれ)

 

山根明会長 韓国人!?釜山からの不法入国していた過去

 

山根明は日本で中古車経営をしていた

さらに
『大阪で自動車ディーラー会社である(株)アティックオートを経営する実業家に成長した彼』ということで、アティックオートを調べてみると

 

 

〒532-0013 大阪府大阪市淀川区木川西1丁目5-28

 

 

 

 

 

 

ここじゃにでしょうか?

 

口コミにも山根という名字がでてきています。

 

 

 

 

現在は
山根明会長の息子さんである山根昌守さんが
代表取締役でやっていたようですが
2017年12月末日をもって閉店していますね。

 

 

 

 

 

ハマーやエスカレードなど
アメリカメーカーの大型車を中心とした中古自動車販売店でした。

 

 

以上。

 

 

山根明会長は韓国人であることが
この韓国の記事によって分かってきました。

 

 

 

 

2018年8月3日
日本テレビ系情報番組「スッキリ」に生出演!!

 

 

ではなー。

 

 

山根明会長 韓国人!?釜山からの不法入国していた過去

 

奈良判定ボクシング動画はこちら。山根明会長は完全否定

 

山根明会長と山口組直参の森田組元組長との関係とは

 

山根明会長 辞任表明動画 ネットの声は