2018年8月8日の週刊文春のインタビューで
山根明会長について詳細が分かってきました。

 

 

今回は山根明会長が韓国人なのか
それと経歴について書いていきますね。

 

 

山根明会長 韓国人!?

 

 

 

山根明会長は1980年(昭和55年)4月23日に
日本に帰化しており在日韓国人です。

 

 

 

週刊文春でのインタビューでも
「私は昭和55年に帰化しています」と答えていました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そしてこの官報にも書いてあるように

 

 

山根明会長ですが
「山根明会長の韓国名は『文甲明』」と分かっています。

 

 

こちらに関しては

 

 

こちらで詳しく書いてあります。

 

 

で、ここからは
2018年8月8日の週刊文春のインタビューで
山根明会長について詳細が分かってきましたので
書いていきますね。

 

 

山根明会長 韓国の釜山生まれではない

 

で、山根明会長
ネットで山根明会長は「韓国の釜山生まれ」と書かれている記事が多いですが
それは間違いで、「大阪府堺市生まれ」であることが分かりました。

 

ここはインタビューで山根明会長本人が口にしています。

 

山根明会長韓国の釜山へ疎開した

で次に
大阪府堺市で生まれ育った山根明会長ですが
6歳で母親と共に韓国の釜山へ疎開しましたと答えています。

 

 

疎開の理由は
親父が情報部の通信の憲兵隊の堺支部の、たぶん隊長をしたんです。
秘密機関ですね。

 

終戦後、アメリカ人が日本に来たら、家族に危険が及んではいかんと
韓国へ疎開したとのことでした。

 

 

ちなみに「母親は神戸出身の韓国人」だそうです。

 

 

山根明会長 韓国の釜山からの不法入国していた!?


母親、3人のきょうだいとともに韓国で生活を続けていたが
山根明会長、親父が恋しくなったそうで
10歳の時にに山根明会長は単身で日本への密航を企てたという。

 

 

いわゆる密航者。

 

 

この時の状況を山根明会長は以下の通り答えている

 

「漁船、いわゆるポンポン船で、三十名ほどの密航者と来ました。
普通は二十四時間ぐらいで日本に着くのに、台風で流され、流されて四、五日かかった。それで九州のどこかの海水浴場についたんです。船を降りると、そこで消防団に捕まった。今でも記憶は鮮明です。福岡の入国管理所に一日泊まって、翌日から長崎の大村の収容所に連れて行かれましてね。そこから釜山に強制送還。その二、三カ月後にまた密航したんですよ」

引用:http://ch.nicovideo.jp/shukanbunshun/blomaga/ar1644372?_topic=nicovideo_channel_blomaga_upload&ref=zeromypage_nicorepo

 

 

そう不法入国は2回やっているようです。
しかも2回とも捕まったのこと。

 

 

しかし
2回目はなんと親父と再開できたようですね。

 

 

「当時、大阪に松田竹千代いう大臣まで務めた衆院議員がいたんです。
親父と付き合いがありまして、その松田先生に僕の身元引受人になって
いただいたおかげで釈放されたんです」

引用:http://ch.nicovideo.jp/shukanbunshun/blomaga/ar1644372?_topic=nicovideo_channel_blomaga_upload&ref=zeromypage_nicorepo

 

 

親父は情報部の通信の憲兵隊の隊長をしていたから
そのようなつながりがあったのでしょうかね。

 

 

ちなみに
ワイドショーなどでは「ボクシング経験がほとんどない」と報じられているが
親父が元ボクサーでジムのオーナーだったようで
3~4歳の時からボクシングをはじめたと答えています。

 

 

 

以上
山根明会長が週刊文春でインタビューで明らかにした
幼少期の山根明会長です。

 

 

ほんと、なんでも発言しちゃいますね。

 

 

今後さらなる詳細が分かってくるでしょう。
山根明会長どんどん発言しちゃうので・・(笑)

 

 

 

 

ではなー。